世界一の砲丸工場〜辻谷工業
(埼玉県富士見市)

シドニー五輪で使用されたものと同じ砲丸  旋盤加工をする前の鋳物でつくられらた状態の砲丸

 今回見学したのは埼玉県富士見市にある有限会社・辻谷工業。昭和33年に設立された従業員10名の町工場です。この工場が一躍有名になったのはここで作られた陸上競技の砲丸投げで使用される砲丸が「アトランタとシドニーのオリンピックで2大会連続、日本が金・銀・銅メダルを独占!」というニュース。新聞やテレビをはじめとするさまざまなメデイアで取り上げられました。一般的な砲丸の規定重量は男子用7.26kg、女子用4.0kg。これを+5〜25gまでの誤差範囲内で加工することが求められます。金属で球を加工するのは難しいだろうが、よく町工場では千分の一ミリの精度を出せることを知っていたので、ならい旋盤を使用すればそのくらいのものはできるだろう。実際に見学に行くまではそう思っていました。そして、実際にその切削の様子を見学して、辻谷さんから「たいしたことはしていません。やろうと思えば誰でもできます。」というようなことを言われたときには、やはりそうかと納得したのです。しかし、だんだん話を聞いているうちにそれが大きな間違いであったことに気付くことになります。
 砲丸の材質は鋳鉄であり、旋盤で削る前のかたちは溶けた銑鉄を型に流し込んでつくります。銑鉄にはよい鋳物をつくるために重量比で10〜20%の一般鋼材やカーボンやシリコンなど数種類の物質を混入しています。そのため、鋳物にすると場所によって密度に差が生じてしまうのです。陸上競技のルールでは、砲丸には重さと寸法が決められています。しかし、重さと寸法が等しくても鋳物をつくるときの上下で密度が異なれば、砲丸の重心も異なるのです。重心の位置が中心にあるほうが砲丸を遠くまで飛ばせるのは明らかであり、一流選手は砲丸を持っただけでその辺りを感覚でわかるので、いろいろな砲丸を並べておけば重心が中心にあるものを選びます。それでは、密度が大きい部分と小さい部分がある鋳物をどのようにして旋盤で削っていくのでしょうか。これを科学的に成分を分析したりして解決したのならば、その後は誰にでもできるようになります。しかし、辻谷さんはこれを勘、すなわち削るときの音と光と手の感触で解決したのです。硬いものを削るときの音は高く、柔らかいものを削るときの音は低くなり、硬いものを削ったときの色は光っており、柔らかいものを削るときの色はに鈍く光っています。これらの情報から手を動かしてほぼ100%の完成品をつくるのは、まさに職人技です。
 オリンピックで2大会連続、金・銀・銅を独占した砲丸にはさらにもう一つの秘密があります。それは、砲丸の表面に手のひらのしわを参考にして刻んだ「手紋」です。砲丸の表面はツルツルしていればよいのではなく、手のひらにフィットするほうが選手たちに好まれることとなりました。このような目の付け所も、自身が陸上競技の愛好者であることから来ているだと思います。自分の好きなことに愛情を注ぎながら、悩みながら、格闘しながら、問題を解決していく。工業科の教員は一つの技を極めるというより、どうしても広く浅くという仕事になりがちです。そのため、一つのことを極めるような話を見聞きすることは、とても興味深くもあり、羨ましくもなります。モノづくりを通して生きる人間は、作品に個人としての完成、自らの印をモノに刻み込み、作品を通して自らの主観に客観的な表現を与えるという欲求を実現しようとする生き物だということを実感する見学会でした。 


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